スマートシティが社会全体のDXを加速する

  NRIおよびNRIデジタルは、2020年2月17日(月)東京大手町の経団連ホールにて「第2回 不動産業界におけるデジタルトランスフォーメーションセミナー(不動産DXセミナー)」を開催しました。今回のセミナーのテーマは「デジタルトランスフォーメーションとスマートシティ」。

 NRIグループの多彩な専門家が、国内外のスマートシティの動向や、スマートシティが社会全体のDXに及ぼす影響を洞察するとともに、日本企業が取り組むべき方向性について提言しました。セミナー当日の様子と各講演の概要をご紹介します。

 

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オープニング

「不動産業界におけるDX貢献には大きな伸びしろがある」

 セミナーのオープニングではNRI執行役員の肥後雄一が、NRIが提唱する「デジタル資本主義」の考え方を紹介するとともに、不動産業界のDXの可能性を述べました。NRIはDXを通じて社会価値を共創する会社であり、本日のセミナーの参加者のみなさまとともに不動産業界のDXを実現し、新しい価値を生み出していきたい、というNRIの想いを述べました。

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不動産DXとは?スマートシティとは?

「業界を超えた”エコシステム”を構築し社会システム全般のDXを実現することがスマートシティの意義」

 NRIグローバルインフラコンサルティング部長・上席コンサルタントの榊原渉は「デジタルトランスフォーメーションとスマートシティ」と題して、本日のテーマである「不動産DX」や「スマートシティ」の概念について整理しました。デジタルトランスフォーメーション(DX)とはビジネス自体のデジタル化であり、あらゆる業界でビジネスモデルとプレイヤーの変化が起こる可能性があります。自動車製造業が「移動」という価値を軸にMaaS業界に再編されつつあることを例に、DX時代のビジネスでは、ユーザへの提供価値を起点に産業を再定義する必要があることを説明しました。

 一方で、NRIの考えるスマートシティの定義を述べた上で「スマートシティは都市の課題解決を目指すものであるため、都市によって、時代によってソリューションの内容は異なる」と述べました。「DX」の文脈でのスマートシティの意義は都市のデジタル化ではなく、スマートシティが業種業界を超えたエコシステムの基盤となり、移動・物流・決済・行政・医療・教育・エネルギー・防犯・防災といった社会システム全般の変革を実現するとであると述べました。

 

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Googleが描くスマートシティの現在地

「Sidewalk Labsの取り組みは、日本企業を含む外部機関にもハード・ソフト両面での事業機会がある」

 NRIシンガポールの劉泰宏は「メガテック企業が先導するスマートシティ(Sidewalk lab)」と題して、Googleの兄弟会社であるSidewalk labsが発表したカナダ・トロントのスマートシティのマスタープランの内容と、マスタープラン発表後の最新動向について解説しました。

 Sidewalk labsは2019年9月にマスタープラン(MIDP:Master Innovation and Development plan)を公表。全体で1500ページを超えるこの計画書をNRIの研究チームが精読・要約しました。当日の講演ではその内容をさらに20分に圧縮して紹介しました。

 MIDPでは、2040年をターゲットに社会・経済にあたえるマクロ・ミクロの目標を設定し、それを実現するための手段として、5つのセグメントを定めています。各セグメントの下には複数のイニシアチブと目標が設定されています。また、これらの実現に向けてはすべてをSidewalk Labsが担うのではなく、自社とサードパーティの役割分担も明記されており、外部企業にも多くの事業機会があるこがわかります。また、スマートシティから収集するデータの管理とセキュリティについては「都市データトラスト」という半官半民の組織を設置してデータの収集・使用に透明性を持たせようとしていることも紹介しました。

 劉は「トロントでのSidewalk Labsの取り組みにはGoogleの本気度が伺えるが、明確に外部パートナーの連携機会が定義されており、日本企業にもハード・ソフト両面で本プロジェクトを活用できる可能性がある。ただし、未だマスタープランから詳細計画化を行っている最中であり、IoTプラットフォームやデータガバナンスのあり方の全容理解にはトロント政府や住民との調整の進展を待つ必要がある」と締めくくりました。

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新型コロナで問われる中国のスマートシティの真価

「中国ではスマートシティはすでに実現されており、新型コロナウィルス対策にもスマートシティの機能が活用されている」

 NRI未来創発センター 上級コンサルタントの李智慧は「急展開する中国スマートシティ~データで変える街の暮らし~」と題して、中国のスマートシティの現状を紹介しました。

 国土全体で急速な都市化が進む中国では、政府主導でスマートシティの開発が進み2019年4月には試行都市数は686都市に達しています。中国のスマートシティの特徴は、官民一体の推進モデルで、アリババ・テンセントといったメガテック企業と政府が一体となって「データ駆動型」の都市開発をすすめています。スマートシティ化が完了した都市では、アリババの「City Brain」による交通渋滞の緩和や、テンセントの「スマート商圏」による商業施設におけるCX改善など、都市のオペレーション変革につながる事例が生まれています。

 また、新型コロナウィルス対策にもスマートシティの機能が活用されており、リアルタイムでの感染者の発生情報の共有や、感染経路の特定のための感染者の行動履歴の追跡、感染者と同乗した顧客への注意喚起などがデータ駆動で実現されています。

 日本への示唆として、データはスマートシティの生命線であるが、データの収集だけでなく、データを具体的なアクションにつなげるところまで整備することが重要であることと、自前に主義にこだわるのではなく先行する中国企業のソリューションを活用することも考慮してはどうかと述べました。

 なお、セミナー当日は李が体調を崩していたため、本講演はSkype経由で実施しました。会場からは、「中身はもちろん、セミナーそのものもDXしている」「もはや聴衆も自社や自宅でもいいですね」という感想が寄せられました。

 

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不動産業界でも重要となるユーザの「体験価値」

「今やCESは Consumer Electronics Show から Customer Experience Show に変わった」

 NRIグローバルインフラコンサルティング部 上級コンサルタントの荒木康行は「スマートシティの潮流の中で捉え直す不動産の価値~不動産テック・不動産DXの海外事例をもとに~」と題して、CESやMIPIMといったグローバルなカンファレンスや海外の最新サービス事例とそこからの示唆について述べました。

 2020年1月に開催されたCESでも、スマートシティは展示カテゴリの1つとなり注目をあつめています。CESの基調講演でもSamsungが「Age of Experience」と講演し、モノではなく顧客・ユーザにとっての「体験価値」が重要であることが強調されています。MIPIM PropTech Weekの主要テーマもブロックチェーンのような技術用語から「User-Forcused、Cusutomer-Centric」などに変わり、不動産業界においてもユーザの体験価値が重視されてきています。

 一方で、従来のプレイヤーの展示ブースはモノを中心とした展示になっており、Amazonだけがユーザごとの価値を訴求した展示を行っていました。荒木は「CESは Consumer Electronics Show から Customer Experience Showに変わった」と言い、今後はまちづくりも建物が主役ではなく、ユーザに注目したプレイヤーが主役となるといいます。

 実際に、米国のb8taや中国の盒馬などは従来の店舗とはことなる価値を提供しはじめていることを複数の事例で紹介のうえ「不動産に求められる価値は多様化し、立地条件や設備といった「不動」の価値は希薄化する。ただし、これは不動産業界にとっての伸びしろともいえる」と述べました。

 

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都市OSはデータ連携基盤ではない

「都市OSの未来は、コンピュータのOSの歴史から推測できる」

 NRIデジタル ビジネスデザイナーの吉田純一は「都市OSとは何か~スマートシティの技術的側面~」と題して、都市OSはどのような機能を具備するべきかについて考察しました。

 吉田は「都市OSの未来は、コンピュータのOSの歴史から推測できる」といい、都市OSについて考察する前に、コンピュータのOSがもつ機能や役割について解説しました。そのうえで、都市をコンピュータに見立てた場合に、都市にとっての「入出力装置」「記憶装置」「演算装置」「ネットワーク」とはどのようなものかを、アリババのCity BrainテンセントのRayDataSidewalk LabsのMIDPの事例を例に解説しました。

 そのうえで、都市OS実現にはデータを集めるだけでは不十分であり、データの「紐づけ」、「意味づけ」、「働きかけ」の3つが必要であるといいます。「紐付け」のためにはセンサーの設置だけでなく、センサーの設置場所の管理や複数のセンサーのデータの名寄が、「意味づけ」のためにはAI技術の活用が、「働きかけ」のためには都市のための出力デバイスの開発・設置に加えて都市OSの監視運用が必要になります。このような高度な機能を都市に実現するためには都市CIO・CDOのような役割や都市運営のためのICT組織が求められます。

 さらに、メガテック企業が開発を進めているのは「都市OS」だけではなく、クラウド・IoT・AIといった技術を活用して他業界向けのOSも開発しています。また、メガテック企業はOS自体で儲けようとはしておらず、OSのまわりのエコシステム全体でのビジネスを組み立てています。スマートシティの実現に向けては、テック企業の参画は不可欠であり、テック企業といかに戦うかではなく、テック企業にどのような役割を担ってもらうのかを計画段階から考えることが重要であると締めくくりました。

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スマートシティのデータを誰が管理するのか

「DXのリスクは技術だけでなく、サービス仕様にも潜んでいる」

 NRIセキュアテクノロジーズ 主任セキュリティコンサルタントの藤井秀之は「DXセキュリティとデジタルアイデンティティ」と題して、スマートシティの実現において考慮が必要になるセキュリティと情報管理について解説しました。

 DXでは、あらゆるものがデジタル化し、ビジネスモデルやプレイヤーの変化が起こる。DXにおけるセキュリティリスクについて考える場合、多くの人は「デジタル化したものに対する攻撃(=サイバー攻撃)」のことだけを考えがちですが、「サービス仕様に対する攻撃(=サービスの悪用)」もセキュリティリスクとなります。実際に、最近のインシデント事例は技術的な脆弱性ではなくサービス仕様の脆弱性を突かれたものが増えています。このようなセキュリティリスクに対応するための処方箋の1つが「デジタルアイデンティティ」の専門家を参画させることです。

 あらゆるモノがデジタル化するなかで「リアルの世界」の人と「サイバーの世界」のデータを紐付ける必要が生じます。このとき「サイバーな世界で、自分自身であることを表明するモノ・コト」がデジタルアイデンティティです。デジタルアイデンティティは本人認証だけでなく、複数のサービス間のデータ連携のためにも必要な考え方です。

 都市がデジタル化し、スマートシティが実現されると「リアルの世界」での行動履歴もデータとして取得されるようになります。このとき、スマートシティで収集するデータをだれが管理するのか、だれに使わせるのかは大きな問題となります。これまでの「サイバーの世界」ではGAFAに代表されるプラットフォーム企業が「集中型」のシステムを構築し大量の顧客IDとデータを獲得してきました。これに対して、自分の個人情報は自らがコントロールし、各企業には必要な情報だけを連携する「自己主権型」のシステムが提案され、国際的な標準化にむけた動きが進んでいます。

 スマートシティの実現に向けては、「ビジネスモデルや提供サービスを検討する初期段階におけるデジタルアイデンティティの設計が重要であり、そのためにはデジタルアイデンティティの専門家の参画が不可欠である」と述べました。

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NRIは日本のスマートシティの実現を担う希少なプレイヤー

「NRIの不動産DX取り組みテーマと事例紹介」と題して、産業ITコンサルティング二部グループマネージャーの栗山勝宏からはNRIのスマートシティへの取り組みの全体像について説明しました。また、社会システムコンサルティング部長・主席研究員の神尾文彦から具体的な事例としてNRIが山形県鶴岡市とすすめる「鶴岡市デジタル化構造改革」の事例を紹介しました。

「不動産が新たな価値を提供するためにはICT運営が不可欠」

 栗山は「消費行動は所有から共有、そして機能利用へと向かっており、不動産も例外ではない」と言います。これにより、不動産が提供すべき価値も「場・施設」ではなく「機能」へと変化します。不動産を通じて機能を提供するためには、不動産業界も「場・施設の提供・管理」に加えて「ICT、データの提供・管理」が必要になります。

 本日のセミナーで示したとおり、NRIはスマートシティの「戦略・構想づくり」から、「ICT運営」までを1社で担える希少なプレイヤーです。この強みを活かして、スマートシティの戦略・構想立案から実行までを支援します。これまでにも複数の省庁、デベロッパー、建設業、メーカー向けにスマートシティ関連のプロジェクトを進めてきました。

 また、近年ではコンサルティングやITソリューションの提供による事業の「支援」に加えて、お客様との共同事業やJVによる「共創」の取り組みを始めています。JAL様KDDI様との取り組みのほか、不動産業界でもケネディクス様と合弁で不動産クラウドファンディングを行う「ビットリアルティ株式会社(bitREALTY)」を設立しています。また、鶴岡市とも鶴岡市のデジタル化のためのプロジェクトをスタートしました。

 このように、不動産に求められる価値が機能への変わる中で、ICT運営の機能が必要となります。NRIはこの分野の支援実績も豊富であり、最良のパートナーといえます。

 

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「地方の高付加価値都市のデジタル化を推進し、ローカルハブを構築」

 2019年12月12日、山形県鶴岡市とNRIは、鶴岡市が進める「デジタル化による構造改革事業」における連携活動に関わる基本合意書を締結しました。

 鶴岡市には豊かな自然環境に加えて、慶應義塾大学の先端生命科学研究所をはじめ、理化学研究所や国立がんセンターの研究施設が設置されており、研究成果を活用した新しいビジネスも誕生しています。鶴岡市はこのような環境を活かし、デジタル技術の活用によるまちづくりを通じて、「高度人材の育成」、「質の高い雇用の創出」、「付加価値が高く社会貢献にも資する産業の創造」を一体として進めることにより、高い生産性と自立的な経済成長を有するローカルハブの構築を目指しています。NRIは、鶴岡市と連携しながらスマートシティ推進とデジタルガバメント構築を両輪とする「鶴岡市のデジタル・地方創生」の推進を支援します。具体的には、生活・産業・空間等の分野で複数のプロジェクトの推進を予定しています。

 

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クロージング

「スマートシティを舞台にデジタル時代の第二幕がはじまる」

 最後に、榊原が本日のセミナーを次のように総括しました。

 デジタル時代における国際競争の第一幕はサイバー空間でGAFAやBATの勝利に終わりましたが、いまは第二幕が始まろうとしています。第二幕はサイバーとフィジカルが融合する「スマートシティ」が主役になります。

 デジタル技術を駆使して、これまで見えなかったものを見える化し、ユーザにとっての価値に変える競争がはじまります。その「価値化」のプロセス自体をサービス化し、業種業界を超えた「エコシステム」を構築したものがデジタル時代の第二幕の勝者であり、それは第一幕とは違ったプレイヤーになるのではないでしょうか。

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参加いただいた皆様からの声

 当日のセミナー会場では、Sli.doを活用してリアルタイムに参加者からの質問を受け付けました。「とても濃いセミナーでした!!ありがとうございました!!」といった声に加えて「スマートシティを主導するのは、相変わらず不動産業界とお考えで、NRIさんのようなシステム企業が自ら主導すべきとは考えていないのでしょうか?」といった厳しい質問まで、さまざまな意見が寄せられました。

各講演の質疑応答では回答できなかった質問についても、こちらで公開しております。

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